秋祭り

 市の広報によれば、毎年、7月に開催されていた柏祭りが、今年は9月に変更され、代わりに新しい祭りが7月に行われるとのことです。

要は、お祭りが一日増える、ということ・・・・

 世の中不景気になると、色々工夫して、これを克服することが必要になります・・・・

お祭り好きな日本人は、「お祭りが頼みの綱」といったところでしょうか?

 

 一頃、柏祭りで、お立ち台の上に立って、激しく踊っていたスポーツクラブのダンス好きの友人も、年齢を重ね、今では、遠巻きに眺めるだけ・・・・と言っています。

加齢には勝てませんが、人は変われども、お祭りは変わらず・・・・

お祭りは、「日本人の心の古里」といったところでしょうか・・・・

 

 私の郷里、高松市も、祭りが盛んな所で、岩瀬尾八幡宮のお祭りが有名です。

船を形どった、木製の大きな山車が何台も出て、市内を引き回します。

市の周辺の町や村でも、広場などにお立ち台を設け、その周囲を大勢で踊ります。

秋が近づくと、あちこちの鎮守の森、神社の境内で、稽古が始まり、遠くからでも、笛、太鼓の陽気な音が聞こえ、秋の風情を高めてくれます。

学生時代、帰省して、旧友と会い、お祭りに出向き、屋台を覗いたり、昔話や将来の夢を語り合ったりするのが楽しみの一つでした。

その頃の友人の多くは、今はもう地元を離れ、会うことはありません。

今でも、目をつぶると、綿菓子、水飴、焼きそばの香りが漂ってきます。

懐かしく、捨てがたい、風景です。

友人の出展する絵画展を鑑賞

友人の出展する絵画展に行ってきました

 

  妻の友人、「大西さんの絵画展」が乃木坂の国立新美術館で開催されており、妻と共に鑑賞してきました。

 広い会場には、多くの作品が展示されており、これらを一通り眺めながら、お目当ての作品のある3階に、やっとたどり着きました。

 作品名は、「花輪」です。文字通り、多くの花を束ねて、輪にした様を描いたものです。

気取らない、地道な表現に、素直な気持ちで接することができます。

 

 昔、私の友人に、東京芸術大学油絵孚科を卒業した池田和美君という人物がいて

個展なども開いていました。

世相は、まだ、現在のようには豊でなく、それを反映してか、彼の絵も華やかではなく、地味なものでした。

どうして、もう少し明るいものにしないのかと尋ねると、明るい絵には白色など明るい絵の具が必要となるが、そのような絵の具は高価なものが多いので、安価な絵の具を使うことになる。

そうすると、絵は自然に暗くなるものだと・・・・

 絵も、自然と、世情を反映したものとなる・・・・

確かに、現在は、物的には豊かであります。

豊かさは、精神的にも豊かであることが大切です。

まずは、物理的な豊かさは欠かせません。

そして、精神的な豊かさ・・・・

経済が豊かになり、心が豊かになる・・・・・

戦中、戦後、経済発展期、飽食の時代・・・

現在は、まさに豊かな時代です。

戦中、戦後のみじめさを経験している者にとって、現在の平和と豊かさの有難さは格別です。

このことを忘れることなく、後輩に伝える責務があるものと・・・・

旧友との昼食会

  3か月ごとに昼食を共にする会があります。

これまでにも、このBLOGで紹介したことがありますが、郷里、香川県高松市の高校、高松第一高等学校の卒業生で柏市周辺に住む仲間3名の昼食会です。

 3名とはいえ、広い日本の中で、郷里から遠く離れたこの土地で、近くに住んでいる こと自体がが奇遇なことだと思います。

JR柏駅構内に集合し、そこから近くのレストランに行きます。

会った瞬間から、話し言葉が讃岐弁となり、70年前の世界に戻ります。

 

 今年は、皆、90歳の大台に突入するという、節目の年でもあります。

毎日の生活、息子や娘、孫のこと、スポーツクラブ通い、散歩の様子など、身近な話題が一巡した後、計画中の旅行などがあればそれを話題にします。

一頃は、海外旅行が度々話題に上りましたが、最近では、稀になりました。

 高校の同期生が亡くなったことなど悲しい話もあります。

それでも、田舎の池や河川、瀬戸内海での釣り、栗林公園や校庭でのボーイスカウトのキャンクプファイアーなどは、懐かしい話題として、定番とはいえ、いつも興味深く語られます。

当時、米国から、日本にボーイスカウトが持ちこまれ、最初は、学校が率先してその普及に努めていました。

郷里の元藩主、松平頼武公が、私の大学の同じ学科の先輩であり、また、ボーイスカウト香川県連盟の理事長をされていたので、キャンプファイアー、ジャンボリー大会でご一緒したこともあり、今でも、思い出として忘れられません。

海外からのスカウトも参加して、日本語では無く、英語が共通語といった、当時としては、きわめて稀な、国際行事でした。

大会の余興で、グループごとの寸劇があり、飯盒炊爨をしながら、一緒に出し物を苦労して考えたものです。

出し物の一つ:

体の大きい順に並び、次々その場に座ります・・・・

大きいほうから、「大きな狸がドン、中くらいの狸がポン、小さな狸がフワ・・・・」

顔に墨で髭を描き、狸になり切り、体じゅうで仕草をします・・・・・

たわいもない仕草が楽しいひと時です・・・・

 高松市内にある城址跡の天守閣の周りには、瀬戸内海から海水が引き込まれ、そこには黒鯛やベラなどが泳いでいます。

 

 

夕涼みの想いで

 

  日頃通っているスポーツクラブで、運動の合間に、椅子に掛けて仲間達と談笑・・・・

私の故郷高松のことを話題にしていたところ、背後から声がかかりました。

私は、お隣の徳島の出身です・・・・

懐かしい話題が耳に入ったので、声をかけさせて頂きました。

四国の夏は暑かったですね・・・・

屋内運動場は無かったので、もっぱら、屋外運動場で走り回っていましたよ・・・・

夏は気温が高いので暑く、冬は季節風が吹いて寒かったですね・・・・

でも、今とは違い、花粉症が無かったのが助かりましたよ・・・・

 

高松は、雨が少なく、野外での運動時間が長くとれるので、野球が盛んで、特に、高校野球は強かったですね・・・・

当時は、まだ、屋内運動場といったものはなく、もっぱら屋外が運動の場所でした。

中西太や近藤昭仁、東山親雄といった大勢の名選手がいましたね・・・・

彼らは、野球だけでなく、万能で、走っても陸上競技部の選手より速く走っていましたよ・・・・

 まだ、空調は普及していないころで、家には一階の屋上に涼み台という板張り

の場所があって、夕食後は、ここで夕涼みをしたものです。出入りは二階の窓か

ら行います。

 

殺虫剤などは無く、蚊取り線香や、夏ミカンの干皮を炭火の上に置いて煙を出

し、蚊よけにしていました。

星空を仰ぎ、夜半まで、そこで過ごしていました。子供は、途中で、寝てしまう

ので、涼みの後は、親が抱っこして寝室まで運んでいました。

 近所の大人たちの涼みに加わると、おじさんたちが子供たちに怪談話をしてく

れます。

大入道の話、海坊主の話、浄願寺の禿狸(じょうがんじ の はげだぬき)の話、

など・・・・

その場で作った即席の話も多くありました。

浄願寺の禿狸は、日露戦争に行って、敵と戦ったともいわれています。

化かすのが得意なので、一粒の小豆を兵隊一人に見せかけ、大勢の兵士を

作り、敵を脅したそうです。

時節柄、戦争礼賛の目的もあったのでしょうか・・・・

子供にとっては怖い話、それでも怖いもの見たさに、興味津々でした。

 

近所を流れる大川で、大人たちは、網を仕掛け、川ガニをとっていました。

竹を編んで円形にして、餌として皮をむいた蛙を中央に縛りつける、といった単

純な仕掛けです。

夕方仕掛けて、翌朝、回収します。

大抵は、数匹かかっています。川ガニは、蒸し器で蒸して食べます。

 今では、懐かしい思い出です・・・・

童謡の一節、「兎追いしかの山、魚釣りしかの川・・・・」

食糧難の頃、学校帰り、放課後の行動は、キノコ狩り、魚釣り、川を堰止めての

魚の生け捕り・・・・

すべてが食料の確保でした。

平和、戦争、敗戦、占領下、食糧難、自由、飽食の時代・・・・

のこれまでの90年、まさに激動の時代です。

 

 さて、冷蔵庫には、飲み物を色々冷やしてあります。

とりわけ、運動の後のビールやハイボール、ワインは最高です・・・・

さて、今日は何を飲もうかな・・・・・?

 

 

お花見

 今年も桜の季節がやってまいりました。

自宅の付近には、「柏の葉公園」、「あけぼの山公園」があり、ほぼ毎年花見に訪れています。

 

 咲きはじめ、満開、散り頃、夫々、違った風情がありますが、私は、散りはじめが好きです。

気温も暖かく、春風に吹かれて、辺りをひらひら舞う風景が好きです。

 

 若い頃は、仲間と、桜の下で酒の宴も楽しんでいましたが、年をとった最近では、お花の下を歩くだけです。

花弁が、頭や顔に掛かり、これを振り払いながらの歩行です。

歩き疲れると、芝の上に腰を下ろし、しばし、お休み。

芝生の感触も魅力の一つです。

桜の花が周囲に咲き誇る風情は、いつになっても、私を楽しい気分にしてくれます。

 

 郷里の香川県では、栗林公園の桜が見所です。なかでも、園内の人工の小川に泳ぐ錦鯉とのコントラストが好きです。

餌の麩を売っていて、これを買い求めて、鯉に与えます。

何十匹もの鯉が、折り重なって、先を争って麩を食べに集まってきます。

赤白黄色と、様々な色が雑じった錦鯉です。一メータを越える大きな鯉もいます。

背景に棕櫚(しゅろ)の木があって、遠近、視線を変えながら、楽しむことができます。

 

 小学校の頃、栗林小学校(国民学校)に通っていたので、学校帰りに、よくここを訪れました。

現在は、入園料が必要ですが、この頃は、無料でした。

秋には、蓮の実が熟し、これを採取してきて、火にあぶって食します。

自然と共存して楽しめるのは子供の特権です・・・・

 

 最近は、ここを訪れることも無くなり、今では思い出の世界です。

友人とヴァイオリンリサイタル

 2月下旬は、厳冬期ですが晴れた日が多い時期でもあります。

この時期にしては、比較的、暖かい日だった2月15日日曜日、伊藤恭子さんのヴァイオリンリサイタルが西日暮里の「やなか音楽ホール」で開催され、これに行ってきました。

  伊藤恭子さんは、私が通っていた同じ高校、高松第一高等学校の出身で、その後、愛知県立芸術大学、米国エール大学大学院でヴァイオリンの演奏を専門的に学び、2002年以降、東京をはじめ、郷里の高松交響楽団の演奏会等で幅広く活躍されています。

 私は、妻と同行しましたが、妻の卒業校でもある高校高等学校が、伊藤恭子さんのお父様の卒業高校ということもあって、大勢の同校卒業生が集っていました。

曲目は、バッハ、ブラームスをはじめ、日本の童謡など、実に幅広い分野をカバーしていて、多彩な魅力を十分に堪能することができました。

伊藤恭子さんを熱心に後援していた福家君という私の高校時代の同期生が、死亡したということをこの場で知り、残念に思った次第でもあります。

 知り合いに、プロの音楽家がいるこということは、奇遇であり、光栄なことでもあります。

伊藤さんには、今後ともの活躍を、心から祈念するところです。

会場近くに開成高校があり、この前を歩いて通過しましたが、孫の一人がこの高校の卒業生であることから、なんとはなく、うなずきながら通り過ぎました。

 

 

 

 

 

 

愛犬との散歩

 退職後、20年という大きな節目が経過し、スポーツクラブ通い、そして、健康な毎日が続いています。

スポーツクラブが休業日は、近所の散歩をします。

経路は決まっていて、約4kmを一時間かけて歩きます。

顔なじみの人や、ワンちゃん連れの方とも出会い、お互い、声を掛け合い通り過ぎます。

相手のワンちゃんも、こちらが犬好きなのが分かるようで、しっぽを目いっぱい振りながらじゃれて、挨拶をしてくれます。

 

以前、我が家にもロンというワンちゃんがいました。

ロンちゃんと同じしぐさなので、懐かしく、また嬉しく感じます。

 

 初詣で、近くの神社にお参りするのがお正月の決まりですが、この時も、ロンちゃんと一緒にお参りをしていました。

ワンちゃんは、人の六倍の速さで、年を取るそうなので、どうしても、飼い主より早くなくなります・・・・

 人と犬との出会いは古く、お互い、助け合って生きてきたことと思われますが、人と動物との関係の中でも、特別な深い関係だと思われ、大切にしなければならないものと考えます。

 

今でも、毎朝、写真の前にお水をあげ手を合わせます。

夕方には、今日の出来事を、写真に向かって話しかけます。

人によっては、亡くなると、新しいワンちゃんを飼う人もいますが、我が家では、新しいワンちゃんは飼っていません。

 思い出を大切にしながら、写真と一緒に暮らしています。